最近転売ヤーが問題になっているが、何が問題かはっきり言葉にできる人はいるのだろうか?
おそらく、大体の人は買い占めている、儲けているから悪だと感情的な面で話しているのではないだろうか。
この問題は、単なる感情論ではなく、流通論という商学部とか経済学部で習う学問に照らし合わせると問題点がはっきりとしてくる。
ちなみに、私は大学時代の専門は商学部の貿易系の学科であるのでそこら辺は一応専門である。
転売ヤーは悪なのか
善か悪かで話すと人の価値観の問題に発展するが、多くの人に迷惑をかけているという点において転売ヤーは悪である。
では、人類の歴史で転売のようなものがなかったかというと、答えは否だ。
商社なんかは典型例であり、他にもお店や市場も生産者から仕入れて消費者に物を渡すという仲介をしているという点において類似性はあるだろう。
ではなぜ悪なのか。
答えは社会に対する貢献である。
商社も商店も存在することで社会に対して流通をスムーズにするというメリットを提供している。
その利便性に対して料金をもらっているという意味で存在意義はある。
しかし、転売ヤーはどうだろうか。
小売店と消費者の間に入り流通を阻害しているため、社会に貢献しているどころか不便にしている。
つまり、社会のお荷物でしかない。
故に、転売ヤーは悪なのである。
仲介者が存在しない場合の問題点
上記を理解するために流通について図で説明しようと思う。
まずは、仲介者が存在しない場合である。
このように、仲介者が存在しない場合は生産者、消費者両方とも個別に対応する必要があり、この例では4*4で16通りの取引が必要となる。
仲介者が提供する価値
次に、仲介者が存在する場合である。
仲介者が存在することで生じる取引量を減らすことができる。
上記のように仲介者が存在することで生産者・消費者は一つの取引で済むようになり、総取引数は16通りから8通りに減らすことができる。
仲介者はこのように貢献することで価値を提供している。
まぁ、現実的には市場は曖昧な概念でしかないので、もう少し具体的に紹介しようと思う。
野菜や魚は簡単にすると上記のような流通ルートになるかと思う。
生産者は市場に卸すだけですみ、小売店は市場で仕入れて消費者に渡す。そして消費者はスーパーなど小売店で簡単にものを買うことができる。
ちなみに、仲介者のポジションによって社会に与える価値は変わるが、人的ギャップ・地理的ギャップ・時間的ギャップを解決する価値を提供することで価値が生まれている。
- 人的ギャップ
- 生産者と消費者が異なる
- 地理的ギャップ
- 生産地と消費地が異なる
- 時間的ギャップ
- 生産と消費の時期のパターンやピークが異なる
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転売ヤーが悪である理由
では、転売ヤーが存在するとどうなるか。
上記のように取引数が最初の図のように多くなっていることが一目でわかるだろう。
つまり流通を阻害してそこでコストがかかっている以上、転売ヤーは社会のお荷物で悪でしかないのである。
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